昨年のリーズフェスティバルに関連した記事を掲載しています。今年のフェスティバル情報をお知りになりたい方はココから。

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ロバート・ハーヴェイ Vo &
Guiter
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音楽という観点から言えば、リーズのミュージックシーン層は厚いもかかわらず、隣のマンチェスターと比べて、いま一つ突出したバンドがでてこなかったという経緯がある。クラブやライブハウスに行けば毎日のように良質の音楽を聴くことができるのに・・、である。これはマンチェスターと違いプロモートの方法が下手だったのでこんな状況になったのではないかと自分は思っているのだが、結局は、どうのこうの言っても、最終的に無名の新人バンドが一気にスターダムにのし上がるには、バンド自身のカリスマ性、実力、力量が大きな要素になる事は言うまでもない。いくらプロモートの仕方が良くても実力のないバンドはそこそこに終ってしまうものである。
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アダム・ナッター Guiter
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その良質の音楽地盤がありながら、なかかな突出した存在が出て来なかったミュージックシーンのリーズから、ついにというか、やっと出現したバンド、それがTHE
MUSICなのである。つまり、先に自分が述べたカリスマ性、実力、力量を十分に兼ね備えたバンドがリーズから出てきたということである。そのことは、その登場からわずか1年にして、Radio1のスティーヴ・ラマックに「レーベル契約されていない、イギリス最高のバンド」という評価や、NMEの「ポスト
オアシス の可能性を感じさせる要注意グループ」と評価されたことからも確かなものとなっている。
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スチュアート・コールマン Bass
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彼らの曲はグルーブ感溢れる、分厚いサウンドが特徴になっている。そこからはまだ20歳そこそこの若者とは思えない「ドライブ感というか、うねりの様なもの」を感じさせてくれる。
「演奏する時は観客をいい気分にさせ、ハイにさせるよう心掛けているんだ。なぜなら、観客のテンションは自分たちに再びフィードバックされてくるものだから。」とロバートは語っている。ザ・ミュージックのサウンドは互いの増幅効果を生み出しながら、彼ら自身たりうるサウンドを紡ぎ出しているのである。それはミュージシャンとオーディエンスとの相互にインスパイアーしあう関係から研ぎ澄まされてきた物ととらえても良いだろう。
この点から考えても、リーズは正にザ・ミュージックを育ててきた街なのだ、シーンやオーディエンスの質も悪くない、層の厚い都市ということができるだろう。そして、その中で彼らの音は成長を遂げ、磨かれていった。
インタビューでバンドを結成した理由は?という質問に、「道端でたむろする他にすることが無いからさ。ほとんど退屈しのぎにバンドを始めたと言ってもいい。」と答えている、"バンドをやっていなかったら?"という質問には「サッカーかラグビーの選手」(アダム)、現実的なところでは「印刷屋か電気技師」(スチュアート)、「何だってやれるさ!」(アダム)。 というわけで、「何もやることが無かった」彼らはバンドを始めたとい事らしい。
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フィル・ジョーダン Drams
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ロバート、アダム、スチュアートの3人がリーズの西に位置するキパックスという町のブリグショー高校で、夕食時にリハーサルを行っていた卒業までの1年間に、キバックスの少し北にあるガーフォースという町(キパックスよりちょっと大きいリーズ東部に位置する町)出身のドラマー/フィルが他のバンドから移籍加入することになった。その結果、高校生時代だった1999年に現在のザ・ミュージックが誕生する事になったのである。
それから、週に少なくとも2回以上のライブを行うようになり、リーズのミュージックシーンの中でも注目を集めていくようになる。以前は普通にリーズ市内にあるCOOKPITというライブハウスで演奏していたのが懐かしい限りである。ロバートは当時をこう振り返って「他の人が音楽を気に入ってくれるか、なんて気にならなかった。楽しければそれで良かったんだ」と、語っている。
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日本公演で日本代表ユニを着るロバート
今度はリーズユニでやって欲しい!!
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彼らの地元キバックスはリーズの中でも結構郊外に位置しており、かなりの田舎である。牧草地が広がる羊がたくさんいるようなところだ。「彼らがする事がなかった、楽しければそれで良かった」というコメントはまさにそんな所からもたらされたのだろう。また、アダムの発言のように、彼らも地元、リーズユナイテッドやライノス(リーズの地元ラグビーチーム)をサポートする普通のリーズの若者だったようでもある。しかし、彼らが高校を卒業した2001年6月から彼らにマネージメントが付き、イギリスの音楽誌では早くも話題急沸騰、契約を熱望するレコード会社のスカウトマンに追い回される日々を送るようになる。リーズでデモセッションとして録音された「Take
The Long Road And Walk It」が Fierce Panda Records からシングルリリースされた後、ザ・ミュージックはHut
Recordings とレーベル契約を締結、高校を卒業した6月からさっそくツアーを開始することとなった。
Hut
Recordingsとレーベル契約を結んだザ・ミュージックがまず最初にリリースしたのは、4曲入りのEP「You Might
As Well Try to Fuck Me」(2001年11月発売)。そしてそれに引き続き2002年春にリリースされた「People
EP」は、6ヶ月にわたるレコーディングの末完成したセルフタイトル・アルバムに繋がるものとなった。初アルバムには、確かに彼らのほとばしるようなエネルギーが完全に封じ込められている。収録曲には「The
People」、新たにレコーディングし直した「Take The Long Road And Walk It」をはじめ、ライヴでも好評な「Disco」や「The
Dance」などがラインナップされていて秀逸な出来である
高校卒業以来、レコードリリースし現時点ではほとんどツアーに出っぱなしという多忙な生活を送っているようである。しかし不思議なことに、彼らはイギリス国内での評価はそんなに高くない。彼ら自身が言うように、自分たちは日本、ヨーロッパに行く事が多く、地元リーズでもそんなに騒がれないのでとてもOFFを過ごしやすいと語っていた。驚くことに、彼らの扱いは本当に小さく、リーズ内のセレブリティのなかに彼らの名前が挙がることはまず無い。彼らもそんな点に頓着がないようで、町に出かける事があってもリーズのレコード店に行くぐらい・・・。と言っていた。とても素朴な若者である。(ピュアというべきか・・田舎者というか)。
しかし、イギリス国内の評価はよそに、彼らは日本のFuji
Rock Festival、ノルウェーのQuart Festival、ベルギーのPukkelpopにも招聘されるなど、世界中で引っ張りだこの忙しさだ。 昨年は、地元、リーズで開催されたリーズフェスティバル(会場になったリーズ郊外のテンプルニューザムは彼らの地元、キバックスのすぐそば)でもステージに上がり、地元凱旋公演という雰囲気もあった。当然、今年も彼らはリーズフェスティバル出演が決定しており、どんなステージを見せてくれるのか今から本当に楽しみである。しかし、今年もまだメインステージでは演奏する事が出来ない。この点にイギリス国内でのザ・ミュージックの評価を垣間見れるような気がする。
しかし、そんな中でもインタビュー記事で自分達の作品について語るザ・ミュージックのメンバーを見ていると、音楽に対する並々ならぬ愛情と情熱、そして人々を日常のうっぷんから解き放ち、楽しませることに対するやりがいを感じていることがよく分かる。
ロバートは語っている、「観衆が一体となって歌う時のあの美しさったら!本当に感動するよね。とにかく…とにかく美しいの一言さ!」
もし、あなたがライブに行くならば、騒々しくも奔放な幻想と圧倒的なパワーを堪能し、彼らのギターミュージックに身体を動かさずにはいられない自分がいることに気付くだろう。
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世界に響くバンドに成長するか?
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